2007年09月26日
69.ボウコン
そもそも冬に雷が日常的に発生する地域というのが実に珍しいのだが、その数が尋常でないことで、日本海は世界的にも有名である。そんな荒れた海に面する富山で、ボウコンの話を聞いた。
荒れる冬の海はまた豊穣の海でもあって、沖に遠雷が轟くと漁師はこぞって命懸けで船を漕ぎだす。生きてかえれば莫大な富をもたらすが、命を落とすものもまた多い。そういう船には、決まって舳先に不思議な黒い陰が立つという。
漁師たちは、その陰を「ボウコン」と呼んで恐れる。ボウコンは亡魂の謂いであろうか。船が沈みながらもかろうじて生きて帰った漁師にボウコンのことを訊ねてみたが、ただぽつんと立つ陰が見えるばかりで、それが何をするということなかったらしい。
2005年07月18日
68.カキショウ
牡蛎殻が足の裏でぺきぺきと乾いた音をたてて崩れていく。岸からは相当離れている筈なのにどこまでも遠浅の海が広がり、そこにぽっかりと島のように浮かんで見える平原が、見渡す限り牡蛎の屍骸で埋まっていた。
空はうねるように灰色の雲に覆われ、水平線のあたりがやけに白々と明るい以外は夕暮を思わせる色に世界を染め上げている。明るいところと雲の境が濁った黄色に縁取られ、それがうねうねとはるか岬のむこうまで続いている。時折海鳥の声が聞こえる他には船の汽笛ひとつ聞こえず、ただ足元で牡蛎殻がぺきぺきと割れる音だけが響いてなんとも陰鬱な気分である。
ふと気になって牡蛎のひとつを手に取ってみると、空であったはずのそれはずっしりと重く、中に何かの卵と思われる奇妙なものがびっしり詰まっていた。
喉の奥に小石が詰まったような気分がして、慌てて牡蛎を投げ捨てたが、見渡す限りの牡蛎殻に紛れてしまって、もうどれが今の牡蛎なのか判別できない。岸に戻ろうと振り返ると、岸壁のところにこれも判別できない暗い服を着た一団がじっと固まって、何やらこちらを伺っているようでもある。そのうちに潮が戻ってきたと見えて、徐々に平原は沈み始めたが、岸の一団は散る様子もなくなおじっとこちらを見ているようである。私はなぜだか一歩も動けず、足元を浸し始めた波に洗われながら岸に背を向けて沖を見ていた。
はるかな沖では雲から灰色の紗幕が垂れて雨が降り始めているようだった。
2005年01月13日
67.シラミユウレン
愛媛を旅したおりに土地の老人に聞いた話だ。
宇和島では、「シラミユウレン」という不思議なものが時折目撃されるという。夜の海にむかって舟を漕ぎだすと、沖合の海中で不意に光りだすものがある。何だろうと思っているとその海中の怪しい光はいつの間にか舟に近づいてきて泳ぐように舟の周りをぐるぐると廻るのだという。別にそれ以上何をするわけでなく、そのうちにさらなる沖合へ消えてしまうのだが、灯り一つない海の上では大層気味の悪いものだそうで、古い漁師などは沖合で死んだ仲間の魂だといってそんな晩は漁をやめてしまうのだとか。
その老人は、歳経たクラゲが光るのではないかと、自信なさげに付け加えた。自分の親父の頃はそれこそ毎晩のように見られたそうだとも。名前の意味も聞いてはみたが、土地の言葉というわけでもなく、はっきりとは判らないようだった。








