10年ぶりに、叔父の家に行く。
江ノ島を見下ろす坂の上で、仏の絵を描き暮らしている叔父は、10年前から既に仙人のような風貌であったが、今日、ますます人間離れして、あたかも知恵がつきすぎて、化け物になってしまった猿のような、トボケた瞳で迎えてくれた。
『俺はな、わかったんだよ』
と叔父は言う。
『この歳になって、子供たちは家を出て行く、友達やつきあいのある連中は死んでいく。それでハタと気付くんだ。俺の人生は、こいつを幸せにしてやることだったんだな、って』
コイツ呼ばわりされた奥さんは、苦笑いをしている。
三浦半島の付け根に近い、小高く奥深い山から染み出した流れは、東西に細長い谷あいの田畑を潤わせながら、半島を縦断する街道と交差する。ここから流れは、海までのわずかな距離を幾度も蛇行しながら進む。
街道から、川沿いの道を海に下っていくと、その川の複雑な軌跡が、単純な直線の路地の少ない、曲がりくねった小道から成るこの街の区画を形作ってきたことがわかる。
大きな瓦葺の屋根の向こうに海を望みながら進んでいくと、ふと道がカーブしたそのむこうに、ひときわ狭く、薄暗い一角が見えてくる。
そこには、高い塀を周囲にめぐらし、さらにその道に面した一辺に竹垣を配した古めかしい屋敷があった。鬱蒼と茂った竹は、すでに竹薮と呼ぶにふさわしいほどで、小道に覆いかぶさるように陽の光を遮断している。門から覗く屋敷の外壁は黒い板張りで、中央の尖塔には、丸いガラスが嵌っているのが見える。とはいえ洋館風なのはそこだけで、屋根などは純日本的な数奇屋作りで、この屋敷がかなり風変わりな趣味を持った施主により建てられたものだと、見るものの想像に訴えかけるのだった。
さて、この建物は現存しない。ある日突然、土建業者がやってきて、建物を解体し塀を撤去し、竹薮を根こそぎ引っこ抜くと、あとには綺麗に整地された更の地面に、あっけらかんと明るい日差しが降り注いでいた。
失われたのは貴重な建造物だけではない。家をとりまき、周囲の環境を形作ってきたもの、この例で言えば、景観を複雑に彩る鬱蒼とした暗がりであるとか、見るものの想像をかきたてる人の想いが層になった歴史であるとか、そういった街を作る要素がごっそり消えうせていまったのだ。
ところで、私にこの喪失を嘆く権利はあるのだろうか。なぜなら、他でもない、その味気ない、陽光の燦燦と注ぐ更地の一角に、家を建てたのが他でもない私だからだ。
日本プロ野球機構と選手会との団交が妥結に到った昨23日、丁度その団交中に行われていた【横浜vs巨人戦】は、巨人にとっては実に11年ぶりとなる『ビジターでのデーゲーム』だったのだそうだ。東京ドーム竣工以来、天候に左右されない放送コンテンツとして確立された巨人戦は、ゴールデンタイムに組み込まれることを前提にそのほとんどがナイターとして開催され、札幌円山球場から札幌ドームへと球場を移した2001年から2003年の間には、デーゲームは一度も組まれていなかった(http://kos.homedns.org/~uzu/nittei2004.html)■だから、というにはいささか出来すぎたことに、最終回、なれない薄暮に巨人野手陣が立て続けに打球を見失い、3点差を逆転されてしまったのだ。横浜・山下監督をして「神風が吹いたね。一生に1度、あるかないかの試合」といわしめたそんな見ものも、だがしかし、放送時間の関係で地上波でオンエアされることはなかった(ハズである。その時間は『スーパー陸上』が放送されていた)■横浜の筆頭株主はTBSであるから、その試合編成に『放送コンテンツとしての価値』が加味されている、と考えるのは穿った見方ではあるまい。どこかの段階で球団幹部・放送局が、この23日のゴールデンに放送されるべきは【横浜vs巨人戦】ではなく【アッコに超おまかせ!"全員正解あたりまえクイズ!"芸能界激震!常識問題乱れ打ちSP!】であるという判断が、多少なりともなされたのであろう■巨人戦というコンテンツの価値の凋落ぶりが伺えるこのようなエピソードが、日本プロ野球にとって歴史的な日、まさにその同日に起こったということを、ここに書き留めておきたい。